娘がNICUに搬送の時は、主人も一緒に救急車に乗って行った。
その間私は一人、病室で不安な気持ちで待っていた。
心臓に障害がある可能性がある。
そのことだけでも胸が張り裂けそうになるほど不安で、心臓病と聞いただけで、娘が今ここでいなくなりそうなそんな不安が襲い掛かってきた。
誰にも言ってなかったけど、娘を産んだ後、しばらく陣痛室で親子3人で過ごしたのだが、そのとき思ったのは、「なんだか、顔つきがおかしい」ということだった。私にも主人にもどちらにも似ていない赤ちゃん。
まさか・・・・
嫌な予感はあった。正直言うと。
実は、主人も、なんとなくおかしい・・・・と思っていたようだ。
そして、半日と経たないうちに、心臓に障害があるようだ、と聞かされたときは、頭の中でダウン症かもしれないと確信にも近い考えが頭を過りました。ドクターには聞けないでいたけれど・・・・。
主人が大学病院から戻ってきた時、声を震わせながらこう言った。
「ダウン症の可能性があるんやて・・・・」
それからまる3日間は、夫婦二人、涙が枯れるくらい泣いた。
待ちに待った我が子がダウン症だなんて、ウソに決まってる!
違う、違う、違う!
ショック、悲しみ、怒り、憎しみ、いろんな感情が沸き起こって、自分ではどうしようもないくらい混乱していた。我が子が可愛いのは当然だけれども、だけど、障害があるなんてことは、どうしても信じたくないのだ。
だけど、主人と泣き明かしていくうちに、だんだんとそんな感情が薄れてきた。
涙を流せば流すほど、醜い感情が浄化されるような、そんな感じがしてきた。
NICUに通えば通うほど、愛しくなる娘。
だけど、やっぱり、ダウン症でなければ良いな・・・・という気持ちは、染色体検査の結果が確定するまでは捨てきれなかった。
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