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小さな生命を救え 巨大母子病院の真実

日本テレビで22時から放映していた、「小さな生命を救え 巨大母子病院の真実」。


およそ2年前、NICUにお世話になったことがあるだけに、当事者であるご家族の気持ちが痛いほど伝わって来ました。


月満ちて生まれて、体重も2300グラムで小さかったのにも関わらず、NICUの中で私の娘は、もっとも「普通」に見える赤ちゃんだった。

「心臓に障害がある」と聞かされたときは、この子がこの世からすぐにいなくなってしまうんじゃないかと言う不安で押しつぶされそうだった。


なのに、NICUにいるほとんどの赤ちゃんは、小さく生まれた娘よりさらに小さい子が圧倒的に多かった。いわゆる、超低体重出生児(1000グラム未満で生まれた児)がほとんどだと思う。


私は39週で産んで、娘は低体重だった。
生まれてすぐにチアノーゼを起こしてNICUに運ばれた。
ダウン症の疑いがあると宣告された。


でも、NICUではとても健康そうに見える私の娘。


比べることの出来ない、それぞれの親たちの苦悩を考えることがしばしばあったけれど、その時思っていたことは、


「私の娘はまだ良いほうだったんだ。」


「良い」というとかなり語弊はあるけれど、そう思わずにはおれないほど、NICUという場所は、人間の領域を超えていたし、特別な空間だった。


悲しみと喜びを肌で感じる空間。そして、閉ざされた空間。


あの大きな自動ドア、NICUに入る前に羽織る滅菌済みのガウン、手指の消毒、インターホン、さまざまな医療機器の音、アラーム音etc・・・。


そこでお世話になるご家族のことを思うと、切なくて涙が出た。
子供を残して病院を後にする時の後ろ髪引かれる思い。


家に帰る電車の中で何度泣いたことか。


NICUにいたことがウソのように今娘は元気だし、「さや獣」と言いたくなるほどのイタズラぶりだ。


忘れかけていた「あの時」を思い出して、改めて命の尊さに気づかされました。
「今」は、「NICUの存在があったことで救われた」んだって。


五体満足で生まれることの素晴らしさ、それは、こういった場所にお世話になることで初めて感じることじゃないかな、って思ったりします。


我が家のさや獣は、たまたま21番目の染色体が3本あって、心臓に重い合併症を持って生まれてきたけど、それ以外はとても優秀なのだ。


誰よりも白くて陶器のような肌を持って、手も足もある。
指も5本あるし、多くもないし少なくもない。
目も見えるし、耳もよく聞こえてる。
愛嬌があって、誰にでも愛想を振りまく。


いいところばかりを選び過ぎたばかりに、神様に「これぢゃあんまり優秀すぎるから、染色体3本ね」ってなっちゃったんじゃないかって思うくらい(笑)。


NICUという場所を経験すると、「普通って何?」という単純な疑問にまずぶち当たります。


思っていた人生の谷底よりもさらに奥に突き落とされるその瞬間を経験すると、人間の可能性は無限だ、って思ってしまう。どんな不幸が襲ってこようとも、必ず人間は這い上がれる。


てか、這い上がるしか道はないんだけど。


何の問題も無く妊娠・出産して、健康な子を産み育てることが出来るということは、とても幸せなことなんだって、改めて思います。とても良い状態で生まれたのに、親がその「価値」に気づかずに虐待したりというニュースを聞くたびに切なくなります。


不幸比べをしろという訳ではありませんが、「普通」であることがどれだけ幸せなのか、少しだけでいいから考えて欲しいなと思います。

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